Passive Design

岩前篤いわまえあつし

近畿大学建築学部 学部長

1961年和歌山市に生まれる。80年に県立桐蔭高校を卒業後、神戸大学に進学、86年に大学院を修了して住宅メーカー研究所に所属する。95年、神戸大にて博士号授与。卒業研究から一貫して、住宅の省エネと結露防止の技術開発・評価に携わり、2003年に近畿大学に転属、2011年の建築学部創設と共に初代学部長就任、今に致る。

取材:2019年10月28日

※記載の情報は取材時のものです。

聞き手:
タイコー 羽柴仁九郎
語り手:
岩前篤教授

室内の低温は命を脅かすということを認識してほしいです

先生は住宅の断熱性・気密性について長年研究を続けておられ、私もたくさん本を読ませていただいているのですが、本日は当社の3つのこだわりのうち「パッシブデザイン」というテーマの中で、健康や快適性、省エネルギーについてお伺いしたいと思います。

まず、先生が幹事を務められている『HEAT20』という団体について、どういう団体なのか、どういうことを目指されているのかお聞かせください。

『HEAT20』は住宅の断熱について考える専門家の集団で、取り組みを始めて約5年が経ちました。民間主体で成り立っている組織で、国は関与していません。
『HEAT20』の『20』は、もともと2020年のことを表していて、「2020年を見据えて断熱を普及させよう」ということを目的として活動をしてきました。

結論から言うと、国の動きを待っていると、世界の流れに遅れていく一方だから、国ではない民間で、基準となるような性能を提案していこうという流れで出来上がった団体です。
日本は住宅の性能に対して極めて及び腰で、一向に室温を世界レベルにまで上げようとしないですよね。省エネの施策は大事だと謳っておきながら、住宅については「皆様にお任せします」というスタンス。
欧米各国・中国・韓国どこでも住宅の性能に関して一定の決まりがあり、それ以上の性能にしなければいけないのですが、日本はそれが未だに無い状況で、省エネ大国になろうとしている。住宅分野におけるエネルギー消費量は相当大きなものですが、それを放置している訳です。

国の基準としては長期優良住宅というものが存在するのですが、世界レベルで考えたときにどう思われますか?

全く話にならないです。世の中ではどんどんといろいろなものが変化していて、これだけ生活が変わり、家族のありかたも変わり…という現実があるにも関わらず、家だけはほとんど何も変わってないんです。もうちょっと先の事を見据えて考えていかないと、次の世代に申し訳ないですよね。

それは健康面のことについてもそうですが、やはり地球温暖化などの環境問題に対してもですか?

それもありますが、「地球温暖化」を大きな一つの問題と捉えているのは実は日本くらいで、世界では「気候変動」が問題視されており、そのひとつの要素が「地球温暖化」だという考え方です。この「気候変動」も地球の歴史を遡ると常に起こっていることなのですが、昨今はやはり急激な変化が起こりすぎているんじゃないかと感じます。その一例として大雨・台風・防風などの大型災害の発生頻度がとても増えていますよね。
そんな中で、その原因のひとつとして我々自身の生活があります。我々自身が地球の気候に影響を与える程にエネルギーを使いすぎているという事が大きな問題であると思います。

地球全体で有限なエネルギーを我々が使うという事は、次の世代が使えなくなる訳ですから。例えるなら子供の貯金を親がむしり取って使っているようなものじゃないですか(笑)

そうですよね。エネルギーに関する問題は本当に深刻で、いろいろな情報を見ていると、化石燃料の中でも石油はあと50年くらいで枯渇するかも…とかいろいろ叫ばれていますよね。

石油は理屈上限界があるのはあきらかですよね。石油が使えなくなると今度は石炭や天然ガスが使えなくなる。「天然ガスはほぼ無限にある」なんて言っている人もいますが、無限にあるなんていうのは物理的数学的に明らかにおかしい話です。
そういう状況にあると分かった上で「エネルギーを使わない」ということをもう一度大きな課題として考えていかないといけない時が来ていると思います。

そうですよね。環境の事に留意して、省エネを実現できる家づくりをすることは、日本の未来を考えたときにとても重要なことだと感じます。

「健康と断熱」を考えたときに最適な温熱環境は?

と言いつつも、やはり目先の快適性も重要ですよね。先生はよく「健康と断熱」と仰っていますが、人が健康的に暮らすのにどのくらいの温熱環境が適切だと考えておられますか?

2018年11月にWHO(世界保健機構)が発表したガイドラインには「住宅屋内の温度は18℃以上を強く推奨する」と記されています。これを受けて、「推奨」であって「命令」ではない。と言う人もいるのですが、WHOの報告書というのは「命令」は出来ず、「推奨」しかできません。そして今回の推奨のレベルとしては「Strong recommend」つまり最も強く推奨しているという事です。日本語としては実質「18℃以上にすべし」と訳すべきです。
この18℃以上というのは、エネルギーを使わずにということではなく、もちろんエネルギーの補助も含めてです。ただ、LDKや寝室などの居室だけでなく、廊下やトイレ、洗面なども含めての話で、屋内全ての空間で、全ての時間において18℃以上です。

日本の一般的な暮らしでは、人がいるところだけ温度を上げ、人がいなくなると暖房を消してしまう。だから、廊下やトイレはもともと暖房すら入っていない状態です。日本人のほとんどがそういう生活をしていて、それを当たり前だと思っています。

先日僕が出演させていただいているNHKの「チコちゃんに叱られる!」という番組で、カナダ出身の女性から「日本にはなぜセントラルヒーティングが無いのか?日本の冬を暮らすのがつらい。」というコメントがありました。
セントラルヒーティングとは、全館集中暖房のことで、家全体を暖める事が出来ます。
なぜセントラルヒーティングが無いのかと改めて問われると、一番簡単な答えは「知らなかったから」ですよね。
今の日本では人のいる部屋だけ暖房をつける、つまり「採暖生活」をしていますが、もともと暖房というのは部屋を暖める事で、人を暖めることではありません。人がいてもいなくてもつけっぱなしにして当たり前。それが本来の「暖房」なんです。
欧米社会は忠実に「暖房」をしている。だから秋の終わりから春が来るまで全館暖房を入れっぱなしで温度の低い空間はお家の中には無いんです。それに対して我々は未だに「採暖生活」で良いと思っている。

その背景には、部屋を暖めようと思っても暖まらなかったという事があります。隙間だらけで断熱の無い空間でいくら暖房をしても部屋の温度が上がらないので結局採暖生活にならざるを得なかった。今もその状況はほとんど変わっていません。
それに対して最近の研究で分かってきたのが、実は低温は健康に良くないということ。いろいろな疾患・症状の原因になっており、事故を増やし、亡くなる人を増やしている。明確に血圧に影響があるという調査結果も出ています。
さらに、薬を飲んで血圧を下げる量よりも室温を10℃上げて暮らす方が血圧の下がり幅が大きいということもデータとして出てきています。それを理解した上で、今まで最適だと思っていた暮らしが実はそうじゃなかったという事をしっかりと学ぶべきですし、変えていく必要があると思います。

なるほど。冬場低温の中での血圧やヒートショックの話になると、お風呂・洗面所のイメージを持っておられる方が一般的には多いのですが、実際は他の場所の方が危ないという可能性はありますか?

その可能性は十分あります。そもそもヒートショックという言葉は、僕はあまり使わないです。ヒートショックというのは寒い洗面所やトイレなどで心臓発作や脳出血など循環器系の病気で命を落とされるケース。これが一万数千人おられます。しかし、実際に様々な理由で冬に亡くなられる方が増えるのです。冬の寒さの影響が出るのは循環器系だけじゃないという事です。統計データによると年間120万人の方が亡くなり、その10%の12万人が低温の影響を受けて亡くなられています。そのようなレポートがしっかりと出ている上でヒートショックでの死者が1万数千人というのは他の死因からするとかなり割合が少ないですよね。

ヒートショックは低温による死因のごく一部という事ですね。最近は夏にも熱中症での死亡者が多くなっているのかなという印象もあるのですが、その辺りはどうですか?

2015年発表されたレポートでは、日本人で高温による影響を受けて亡くなっている人は0.3%に対して、低温の影響を受けて亡くなっている人は9.8%。約33倍という結果でした。もちろん熱中症で亡くなられる方も一定数おられて、これも社会現象として重要ですが、低温の影響を受けている人の方がもっと多いという事を知っておられる方はかなり少ないです。

そんなに違いがあるんですね…。そのデータがもっと一般的なデータになっていくと、室温の重要性も理解されていくのではないかと思うのですが、その時の基準として、大阪で家を建てるにあたって推奨される断熱の性能値はどのくらいですか?

Q値(熱損失係数)で表現すると1.3W/㎡・K以下ですね。HEAT20でG3グレード(大阪の温熱地域区分6のエリアではUA値=0.26W/㎡・K)を発表しましたが、G3以上であれば、ほぼ無暖房で冬場一定の温度で過ごせるというレベルです。さらに言うのであればQ値が1を切ると、全体暖房は非常にやりやすくなります。
G2仕様を経てG3仕様という形で発表をしましたが、狙いは最初からG3仕様なんです。だけど、いきなりG3仕様を出しても皆さん無理だと思われると思ったので、G1、G2と段階的に出してきたのです。

そうですね。弊社でもHEAT20の基準値を目標に家づくりをしており、G2仕様までは出来るようになったのですが、G3はなかなか手強そうです…(笑)実際このショールームで、標準仕様の高性能グラスウール充填式を壁で120㎜、屋根に210㎜入れて、それでは足りないので付加断熱でQ1ボードを外壁全面に61㎜貼って…これだけしてUA値は0.28W/㎡・Kで、まだG3仕様には届かず…。
付加断熱をしていくと壁がどんどん外側に分厚くなっていきますが、大阪では敷地が小さいことが多く隣家との間隔等も考えないといけないので、結構難しくなってくるんです。

外側に壁をふかすことが出来ないのであれば、内側にふかすことですね。お客様は家の中が狭くなる事を極端に嫌がられるのですが、温度の低い寒い家では使う部屋もほとんど限られてきますよね。
空間的には狭くなっても、全体的に暖かい空間の方がやはり広くどの部屋も快適に使えますよね。我々はよく「寒い家は冬狭くなる」という風に言っているのですが、暖かくさえしておけば広く使える。何かを得るためには何かを捨てなきゃいけないのですが、やはり健康を得るためにはもう少し部屋が狭くなっても…というくらい割り切った方がいいんじゃないかと思います。
もう一つの手段としては、断熱材の断熱性能自体を向上させるという事。同じ断熱材でも断熱性能が上がるとその分だけ性能は上がりますから、もしもう少し高性能の断熱材が出てくれば、壁厚を分厚くしなくても良くなるかもしれませんね。

なるほど、内側に壁をふかすという考え方はまだ無かったです。

お客様に断熱性能を体感していただくには?

もう一つお伺いしたいことがあるのですが、住宅を高性能化していくと、冬場エアコンを22~23℃くらいでかけておけば、床壁天井全部だいたい22~23℃になって全てが均一な温度になるので、とても快適な空間になります。
その時の快適性を表現する何かうまい方法は無いかなと思ってまして、実際冬以外の季節にショールームにご来場されたお客様に「冬場はエアコン22~23℃で快適な空間になります。」と説明しても「本当ですか?それって夏のエアコンの温度じゃなくて?」となかなか信じてもらえません。どのように伝えれば良いと思われますか?

それはなかなか表現するのが難しいですから、なんとかして体験して味わっていただくのが一番の方法ですよね。
冬場の内外温度を模擬的に再現して、年中冬の環境を作った中で体感していただけるようなものがあればいいのですが…。そういうものを作ってくれという風に働きかけてはいるんです。トラックの中にそういう部屋を作ってそこら中に運んだり。今よくあるのは地震体験車ですが、その横に冬の寒さ体験車も作って…みたいなプロモーションも、もうそろそろすべきではないかと思っています。

そうですよね。最近では窓メーカーのLIXILさんやYKKさんが体感型のショールームを作ったりしてますが、東京や大阪だけでなく日本中につくるべきですよね。

はい、どんどん広めていくべきです。一番良いのは役所の建物を全てパッシブデザインで建て替える事です。まずは規則を定めた上で、普及促進のために役所の建物自体を変え、あとは学校や幼稚園、小学校を変えていく。そうするとそれを味わう一般の人たちがどんどんと増えていきますよね。毎日子供の送迎でその空間を体験する訳ですから、影響はすごく大きいですよね。

公共の建物はとにかく安く作るという考え方ですが、そうじゃないですからね。
海外では低所得の方が住まわれる住宅もあえて断熱改修されたりしていますよね。

ライフサイクルコストがそっちの方が安いから、結局行政のトータルコストとしてそっちの方が安いというだけのことで、学校等をパッシブにするのも同じ理由ですよね。
「エネルギーとして、こっちの方が安い」というマネジメントとしてやっているんです。日本は熱中症が問題になったら冷房を導入するという考え方ですが、スカスカの建物で冷房を入れたってエネルギーの無駄遣いになるだけですから…。
東大阪市でも昨年、小学校へエアコンを導入しましたが、やはり建物を断熱しようという考えが全くないんです。

2030年の住宅はどうなっている?

お話をお伺いしている中で、今の日本の問題点が浮き彫りになってきていますね。長期優良住宅の義務化も2020年から!と言っておいて先送りになってしまい、また10年先の2030年に伸びてしまいましたよね。これからの住宅を考える中で2030年というのを僕も意識して考えるようにしています。これから先少しずつかもしれませんが、ちょっとずつ国の立ち位置や我々住宅市場、エンドユーザーの声もちょっとずつレベルが上がっていき、2030年には何か変わってるだろうという期待はあるのですが、先生は2030年の住宅はどのようになっていると思いますか?

2030年に変わって無ければもうおしまいですね(笑)もう一生変わらないかなと思ってしまいます。
今までの10年というのも確かに非常に大きいです。スマートウェルネス住宅等推進モデル事業で国交省を中心にやってきた調査でも、結果として慶応義塾大学の伊香賀教授がものすごい成果を挙げられました。家の低温が血圧を上げるという事を証明し、高血圧学会という医学の世界で最も著名な論文誌に掲載されたんです。高血圧学会の論文誌は、医者以外が載るという事はまず無く、工学系の建築の人間が載ったというのは初めてじゃないかと言われているくらい。
著名な論文誌にしっかりと根拠を残せた訳で、ここ10年くらいの中で要するに医療関係者から、すでに大きな注目を集めていますが、これからもっと変わってくるんじゃないかと思いますし、それが家の作りようにまで影響を与えてくるんじゃないかと感じています。

日本では「快適性」を良いものとするのですが、「快適」と「健康」とはまた軸が違います。今行っている議論というのは、「健康な暮らし」をするためであり、従来の「快適な暮らし」とは分けて考える必要があると思います。だから僕は「快適」という言葉を普段使わないようにしています。
「快適」というと、今でも一定以上の人は多少の我慢をしながらも「快適」だと感じていますが、「健康」というと、医療費はどんどん増える一方だし、エネルギーはたくさん使って地球温暖化は進む一方だし…というのでやっぱり健康な暮らし、健康な住まいにシフトチェンジ、方向性を変える事が大事です。

日本は我慢の文化ですからね。

そうそう。でも我慢しているつもりが、いろんな健康障害に繋がっているということをもう少し知る必要がありますし、そういう事がこの10年でもっとはっきりしてくると思います。
そうなると、住宅を省エネにすることにやっと理由が出てきますよね。

病気の予防という意味も含めて、しっかりと考えていかないといけませんね。
お話を聞かせていただき、先生の考え方やこれから私たちが気付かなければいけないことなんかも学ばせていただきました。
これからも一工務店として、一棟ずつでも日本の未来のため、健康のためになるような家を建てさせていただきたいと思います。ありがとうございました。