Long-life

前田 哲史まえだ さとし

株式会社エヌ・シー・エヌ 執行役員環境設計部長

株式会社エヌ・シー・エヌ(NCN) 執行役員環境設計部長、一級建築士、MBA。1972年奈良県生まれ、大阪府八尾市育ち。 関西大学 工学部 建築学科卒業後、株式会社一条工務店に入社。5年間の設計課勤務の後、同社研究開発部門にて高断熱高気密住宅や熱交換換気システムの商品開発プロジェクトリーダーをつとめる。 2010年一条工務店オーストラリア社の代表取締役社長に就任。全豪喘息対策委員会の業界初となる認証商品の開発など豪州においても先進的な住宅開発を行う。2020年より株式会社エヌ・シー・エヌにて、環境設計の視点から「耐震構法 SE構法」の有用性を検証を進める。2023年6月、同社執行役員環境設計部長に就任。温熱シミュレーションを活用し、過度に設備依存せず「温熱環境と光熱費を両立する家づくりの普及」に取り組んでいる。

取材:2023年4月24日

※記載の情報は取材時のものです。

聞き手:
タイコー 羽柴 仁九郎
語り手:
前田 哲史氏

正確に敷地を読み取った省エネ計算を通して未来につながる家づくり

本日はエヌ・シー・エヌの環境設計部部長である前田さんにお越しいただきました。
前田さんは耐震構法SE構法の開発元であるエヌ・シー・エヌの中でも環境設計部という少し変わった部署でお仕事されてらっしゃいますよね。いったい今は何をされているのか、これからどんなことをしていこうと思っているのか、詳しくお伺いできればなと思います。
まずは環境設計部がどんなことをしているのかお聞かせ願えますか。

まず木構造の会社なのになぜ省エネルギー計算をするのか、というところからお話させていただきましょうか。
2008年頃に国土交通省から超長期優良住宅という先導事業が発表され、住宅の寿命を延ばす「100年住宅」への取り組みが推進されていました。そこで耐久性、耐震性、加えて省エネルギー性の重要性も浮かび上がってきて、省エネルギー計算をしたのちに申請をするという流れが生まれたことがきっかけです。

外部の色々な方に支援していただきながら省エネルギーについての部署は立ち上げられました。2015年頃に国立研究開発法人建築研究所の省エネルギー計算プログラムの技能が煮詰まり、エヌ・シー・エヌ内でも本格的に長期優良住宅支援室が発足され、省エネルギー計算を専門とする環境設計部が立ち上げられました。

2021年4月から住宅の省エネ性能説明義務化が始まりまして、2022年6月には「2025年4月から省エネルギー計算をして適合した住宅のみ建築することができる」という適合義務化の法改正が行われました。こういう時代の流れによって、今後はどの設計士さんも省エネ計算を行わないといけないようになっています。

SE構法だからできるパッシブデザイン

世間では省エネ計算というのはトッピングくらいの立ち位置でしたが、急に適合義務化となってメインに近い存在となりましたよね。それに伴ってエヌ・シー・エヌの中でも、環境設計部のポジションが少しずつ変わってきているんじゃないですか?

タイコーは15年前エヌ・シー・エヌさんにパッシブデザインを教えていただいてからはパッシブデザインを軸として設計しています。
改めて前田さんが思う「SE構法だからできるパッシブデザイン」についてお伺いしたいです。省エネ計算、構造計算、デザインの融合によって生まれる住宅とは一体どんなものでしょう。

省エネルギー性の高い住宅というと様々なやり方があって、私の前職であるハウスメーカーなどでは地域の特性などよりも「製品によってどこでもそこそこ性能性のある住宅が建てられる」ように製品開発をしていました。これが一般的ではありますよね。そうしていくと当たり前ですが、性能の良い窓・断熱材・設備等を使うようになります。

仕様重視の世界になっていくんですね。

土地を読み、その場所に最適なデザインを。

そうなんです。
それはそれで1つの手法であり、住宅業界において性能性のボトムアップに貢献しているのではないかなと思います。ただその場合、仕様のためにデザインへの制限が生まれたり、狭い設計ルールを設けてデザインすることになります。生産者が主体となるプロダクト重視の設計ですね。

エヌ・シー・エヌとしてはプロダクトで縛ることよりも土地を読み、その場所に最適な形を考えた上でデザインをしていく。生産者側の都合よりも、お客様それぞれに対して最適解を出していきたいと思っています。マスを生産している会社はマスの都合をお客様に押し付けなければないけませんが、個別に最適なものを提案・解決できるのがエヌ・シー・エヌの理想とするもので、SE構法との相性は良いかなと思います。

もともと工務店は大手ハウスメーカーさんのように年間1万棟建てろと言われたって到底達成できません。せいぜい20~30棟が限界ではないでしょうか。1棟1棟オートクチュールでつくるので、個別にお客様と向き合う工務店との相性も良いでしょうね。

決定的だなと思うのは「こうしたらかっこいいのにな」というデザインの面での諦め。ハウスメーカーなどでは生産者の都合で諦めざるを得ないものを、工務店でならSE構法でなら諦めなくても良いんですよね。心がときめくような住宅建築体験をしていただけるのもポイントです。

省エネであるということをお客様にわかりやすく伝える

構造の自由度が高いですから大空間をとりやすいですし、窓を好きなところに設けられる。デザインの幅が広くなって設計をしやすいのが何よりもありがたいですね。
実際これから前田さんは省エネルギー計算について新しいサービスを提供しようとしているとお聞きしています。現在国が猛烈に省エネ義務化を進めようとしていますが、家づくりをされるお客様方に省エネだとか環境設計というのはわかりやすいものなんですかね。

今の省エネルギー計算からアウトプットされて出てくる指標というのは「指数」であって、一般のお客様からすれば「いったいなんじゃこりゃ?」と言われてもおかしくないですね。UA値やBMIなど常に横文字が並んで大変わかりづらいかと思います(笑)

漢字で構成されたやたらと長い名前か、英語を省略して並べた横文字か・・・(笑)

でも一般のお客様からするとやはり体感する室温や、実際の光熱費がどれくらいかかるのかという部分が気になるのではないかなと思います。

「あたたかい家だよ!」と言うのであれば室温は何℃になるのか、「光熱費が安くなるよ!」と言うのであれば実際年間でいくらになるのか。具体的な話が聞きたいですよね。

そういうところをカバーできるようにチャレンジしていくという強気な前田さん(笑)
まだ案の段階ではあるかと思うのですが、どんなことをこれからしていこうと思ってらっしゃるのかちょこっと教えていただけませんか?

今の国が求める省エネルギー計算というのは、暖房デグリーデーによって全国8か所に区分された場所にて建築された場合の対象住宅の性能値を示してくれるものです。

※暖房デグリーデー:毎年の暖房が必要な期間(日平均外気温が18℃を下回る日)に、基準温度と当該外気温との差を合計したもの。

全国48都道府県もあるのに、たったの8分類ですか。

そうなんですよ。
ちなみに東大阪市と遠く離れた東京都23区は同じ区分の扱いです(笑)条件が違うのに同じ地域として性能値を出せるのは不思議ですよね。
あくまで省エネルギーという基準を国内全域でクリアしていくために無理やり設けた区分なんです。非常に簡略化されているわけですから、この区分を基準に室温や光熱費のシミュレーションを行っても実際とは離れた数値になってきます。

我々はこの壁を越えていきたいですね。タイコーさんのお家でやっているような、シミュレーションを行った後に実測までをするということ。現在降水量、風向・風速、気温、湿度を計測するアメダスは836地点あります。そこから建築検討する地域に近い太陽の動き、風の動き、気温を読み込んで、シミュレーションに投影する。例えば東大阪市で言うと、山に近い地域であれば冬は少し冷えますし、大阪市に近い地域であれば比較的温暖でしょう。東大阪市という大きな括りではなく、より細分化してその住宅が建つ地域にぴったりと合う数値を拾い上げていき、更に周辺の建物などとの関係性も落とし込んでより正確なシミュレーションを行いたいと考えています。国からは求められていなくても日射量を加味し、室温の上昇や暖冷房の効きについてもわかりやすくお客様につたえられるようなところまでたどり着きたいです。

Vision House LIFEの年間光熱費シミュレーションを説明している様子

実態と近いシミュレーションを目指して

隣に家が建っているだけでもなかなか計算は大変じゃないですか?
国の省エネルギー計算では野原にポツンと対象住宅が建っているという周辺環境フル無視の状態で行われますよね。それを前田さんは、隣の建物の影で陽が当たらない窓は日射取得ができない窓であると判断して計算していくのですね。そこが加味されるのであれば、実態と近い計算になっていくんでしょうね。

はい。
ほぼ実際と変わらない日射の入り方を予測して計算できるのではないかなと思います。

やはり家づくりをお考えのお客様は省エネについてよく勉強されてらっしゃる方が多いので、ややこしい横文字も覚えてこられたりするのですが、具体的な暮らしの快適性が見えにくそうですね。エクステリアやインテリアは3Dで立体的に見せ、性能については前田さんが仰るような緻密なシミュレーションによって室温や光熱費などの具体的な数字をお提示できると、もっとお客様は安心して家づくりを進めていただけるのではないかなと思います。

無暖房だったらどれくらい室温が上がるのか、何時にエアコンをどれくらい稼働させるべきなのか、そのあたりを建てる前に可視化される世の中を目指しておられるんですよね?

構造計算だけでなくそのあたりのサポートもしっかり行っていきたいと思っています。

国がこれから行おうとしている取り組みよりもはるかに上のレベルの話ですよね(笑)

そうですね。別に国のスピードに合わせるつもりはありません。より本質的で正確な数字を出していきたいです。

お客様から求められている数字というのは、前田さんが目指している数字と同じだと思います。

建てる側の都合ではなく、お客様が建てる場所ならではの情報を正確にお伝えしたい。ただそれだけのことなんですけどね(笑)

実測データを解析してより良い住まい方の提案を

プロでもなかなか手を付けられない領域です。
意欲的で素晴らしいと思います。

我々はシミュレーションだけでなく実測データも重要視しています。弊社でも独自に実測データをとっていますが、今後エヌ・シー・エヌさんの方では実測データをとっていく予定はあるんでしょうか。

現在はタイコーさんのような、我々の取り組みに興味を持ってくださる数社ほどの会社さんからは実測データをお預かりしています。このシミュレーションソフトを完成させ、世の中に出す。そのときにはよりたくさんの実測データとシミュレーションの突合せを行いたいです。

現在タイコーさんには気温、湿度、電気使用量などHEMSを活用した実測データをとっていただいておりますが、今後は全国から共通のやり方でデータを採取させていただき、すべての地域のシミュレーションとデータの突合せを行いたい。どの程度のブレがあったのか、更にはより省エネになるにはどのような改善策があるのか、解析してより良い住まい方をご提案できるような仕組みを作っていけたらなと思います。

これだけデータが手に入ってくると、最終的には「このエリアに適切な仕様」みたいな提案が出来そうですね。

生産者側の都合ではなく、細かい地域ごとの仕様の提案ですね。費用対効果を考えたときにこの仕様がベストではないか?というポイントをより正確にご提案できるような時代はやってくるかと思います。

イニシャルコストとランニングコストを切り分け、お客様がしっかり理解して判断できるような時代がくるということですかね。

そうですね。
建てる前にそのあたりの判断ができるようになる時代はやってくると思います。

強くてあたたかくてこだわりが叶う家

窓を大きくとるべきなのか、窓の性能を上げるべきなのか、そもそもここに窓は必要ないのか・・・コストパフォーマンスが良いものをお客様が理解して選べるようになっていくのは嬉しいことですね。これが重量木骨の家が新しく掲げるキャッチコピー「強くてあたたかくてこだわりが叶う家」に繋がるわけですね。

ベースにあるのは構造の圧倒的強さと、お客様お好みの空間デザインを実現できるということが結びついて、こだわりを叶えていくことができるのではないかなと思います。

開発中のソフトを全国的に活用していくことはまだ難しいですが、いち早く皆様にサービスを活用していただけるように尽力いたします。

前田さんとお話していると「重量木骨の家」グループにかける熱い想いが伝わってきます。

一社一社の会社様がSE構法を活用して良い家を建てたいという想いを抱いてらっしゃるんですよね。エヌ・シー・エヌとしては省エネ計算の技術がまだまだ遅れている状態。そこを一日でも早く工務店の皆さまに、構造計算だけでなく省エネ計算も安心して活用できるということを実感していただきたいです。そして地域、お客様ひとりひとりと向き合っていただくことに集中していただけれる環境づくりのお手伝いができればなと思っております。

国産材を活用するだけでも省エネに

話は変わりましてVision House LIFEは奈良のヒノキを使っています。こういった国産材を使っていくことで環境に影響することはあるんですか。

非常に大きく影響すると思います。
今は家を建てたときのエネルギーがどうなるかというのはあまり詳しくは定義されていなくて、住んだ後のことしかわかっていないんですね。だから主に消費エネルギーについて話し合われているんです。

実際、わかりやすい例でいえば太陽光パネル。太陽光パネルをつくるエネルギーと生み出すエネルギーの差はどうなるのか。家も全く同じで、省エネルギー性の高い家をつくったけれども、その家を建てる時に使ったエネルギーはいくらなのか。住宅の耐用年数は何年なのか。これを考える時に大きな割合を閉めるのが躯体の材料ですね。外国産の建材であれば海外で加工して日本へ輸入してくるときのエネルギーはその家にすべてかかってきています。ですので、国産材であれば外国産材よりも消費エネルギーが少ないので省エネということになります。

奈良の木だったら、もしかすると僕の吐いた二酸化炭素を酸素に変えてくれてるかもしれないですしね(笑)

西から東へ風は流れていきますからね(笑)
これからは建てる時のエネルギー、そしてメンテナンスをするときのエネルギーも含めたライフサイクルの中でトータルのCO2換算をしていく。

2050年脱炭素社会に向けた共同プロジェクト「くくのち」による視察の様子

2030年の住宅業界

優しい考え方ですよね。使ったものを地球に還す。

最後に、性能とデザインのどちらかをとるということではなく、高いレベルでの「ちょうど良い」を探るお話だったかと思います。2030年は住宅業界、どのように変わっていくと思いますか。

年々住宅の着工棟数が減っていくということばかりが取り上げられていますが、日本の住宅ストックは果たしてまともなものが残っているのか。

やはり生産者中心の量産住宅が最近まで建っていたわけですので、リノベーションをして住み続けていくというのも大事ですが、根本の躯体や、断熱性能がまともではない住宅がたくさん残されています。ですので、着工棟数が減っていくにしてもこれからは耐震性・性能性・快適性の高いお家を建て続けていくことは我々の義務じゃないのかなと思います。現在ではなくもっと先の未来のベースづくりをすることが大切。

新築はいらないという声もちらほらお聞きしますが、良質な家を子孫に残していくという意味で、しばらくは良質な家を建て続けていくというのが使命になるのではないかなと思います。

そうですね。
義務化されたものよりもさらに上のレベルの住宅だけを建てていけば、良質な住宅ストックはできていくんですよね。

2030年ZEH義務化というのはまだまだ足りない部分があるかなとは思いますが、これからの未来のための小さいようで大きな一歩。住宅業界がより良い未来に向けて進んでいると思いますので、我々も切磋琢磨し、未来につながる家づくりのお手伝いをさせていただければなと思います。