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星野 貴行ほしの たかゆき

株式会社星野建築事務所代表取締役社長

1977年新潟市生まれ。一級建築士。学生時代アメリカで5年程過ごし美術などを学ぶが、父の他界により帰国。2代目として住宅・商業施設の設計管理及び施工を行う株式会社星野建築事務所に入社。住宅建築では構造計算の耐震等級3、長期優良住宅を標準とし高い性能でありながら、ディティールにまでこだわりを見せるデザイン力を持つ。

取材:2021年12月10日

※記載の情報は取材時のものです。

聞き手:
タイコー 羽柴 仁九郎
語り手:
星野 貴行社長

「建築じゃない力」で生活を豊かにしていくことを恐れない

決まった予算の中で個性的な空間づくりを

今回は僕と設計士前田が星野建築事務所さんの完成見学会に参加させていただきました。さすがの星野さん、洗練されたデザイン力が細かいところまで発揮されていて、大変見ごたえがありました。

個性的な内装でありながら、よく見ると既製品を用いていますよね?我々もキッチンや洗面台は既製品の「ちょいアレンジ」をして、価格と使い勝手とデザインのバランスと保とうとしています。既成の商品でも天板や取っ手だけを変更するだけでグッとその空間が魅力的に見えます。
星野さんたちのアレンジは我々のそれとはレベルが違って、すごく刺激的でした。

当日見学させていただいた完成物件のリビング(写真提供:星野建築事務所)

新潟まで遥々お越しいただきありがとうございます。
既製品は造作よりもメンテナンスがラクチンですからね。例えば、今回見学していただいたこの家に入れているキッチンは、LIXILのものを入れています。ただ、家具で使われるような突板を合わせてオリジナリティをだしています。羽柴さんが仰る通り、僕もデザイン性を妥協せず、暮らしに負担をかけないことを重視していきたいと考えています。

コストはかかるけれど、リビングの天井高を上げるだけでも空間が豊かになり、他社との差別化ができます。自由度の高い設計が可能なSE構法ならではの差別化です。
でも、空間だけでの勝負はもうそろそろ手詰まりだなと思っているのが本音です。やはり住宅建築にはコストがどうしても絡んできて、決まった予算の中で新しくて斬新な空間づくりに挑戦するのは難しいなと。

奥にLIXILのキッチンが設けられている(写真提供:星野建築事務所)

じゃあこのままでいいのかって、そんなわけありませんよね(笑)今は間取りや空間の形状そのものだけに頼るのではなく、今まで自分たちが手掛けてこなかった照明やウィンドウトリートメント、家具などを設計の段階で一緒に計画していきます。

高級タイルを勧めるよりも、もともと生活に必要なカーテンの色や素材のバランスを考えたり、より内装が映える照明計画を加えてあげたり・・・間取りに奇想天外な工夫がされていなくても、細かいインテリアのコーディネートをしてあげると、他の家とは一線を画したような質の高い家が出来上がります。

建築だけに頼らず、暮らしを豊かに

建築もある程度極めていくと、そこからの成長度は地味じゃないですか。でも未開拓のジャンルをとりいれることで一気に新たなのびしろが生まれますよね。

丁度我々も「パッシブデザイン」「SE構法」だけを売りにするのはつまらないなと思っていまして(笑)
僕らが目を付けた未開拓の地は、家電です。家電を実際の暮らしに基づいてプロデュースすることをみんな意外としていないんですよね。おしゃれにディスプレイしている家電屋さんでも、実際にその場で使用することはできないじゃないですか。だからモデルハウスを建てたら「これ、使ってみたかったんです!」とかっていうものを置いておきたいです。家電コンシェルジュくらいになりたい・・・。そこまで突き詰めたら、強みになるに違いないと思っています。

また、設計士の個性を売りにしていきたいなとも思っています。去年の冬に行ったモデルハウスの社内コンペを中心に、設計士たちのこだわりや設計思想をお客様にウェブサイトなどでわかりやすく提示していこうかなと思っています。
そりゃ性能や耐震も建築する上で重視すべき点ですが、同じ敷地でパッシブ設計をするとなっても、設計士が違えば同じデザインの家は出来上がらないんです。そういったところの「個の力」の魅力もお伝えできれば、互いにとってより楽しい家づくりができるのではないかなと。

今はまさに2022年秋オープン予定のモデルハウスの完成に合わせて我々独自のアプローチで、新たなお客様と出会えるように準備している段階ですね。

なるほど。我々も、パッシブな住宅を建てられる条件下であればもちろんそちらを大前提として家づくりをしていきますが、新潟の気候特性もありますし、万が一パッシブよりも大事なものがあれば、そちらを優先していきたいと思っています。もちろんしっかりとした代替案をもってして。
「建築じゃない力」で生活を豊かにしていくことを恐れず、家づくりに携わりたいですよね。我々設計士も、建築の中で住宅についてわかろうとするのは限界があります。ここにタイルを貼って30万、よりも30万の家電を買った方が生活が豊かになります。

そういえば以前、美術館みたいに色は全くない箱みたいな住宅を提案してみたいなと考えていることがありました。白色の壁で箱をつくり、そこに後から家具やアート、カーテンを入れ込むことでどういった空間の提案できるのかな、なんてことを(笑)

例えばリビングにはテレビを設けることが一般的で、そういうときは大概、テレビの背面タイルはどうしようかっていう打ち合わせが始まります。でも、なんにもないただの壁にプロジェクターを常に投影しておいて、アートとして楽しんでみるなんていう提案ができたら・・・って考えるとすごく楽しくて。

建築コストを抑えて、家具や機器に投資していく。それを受け入れられるような説得力を得られれば大したもんだと思います(笑)
そういう生活を好きな人にじゃないと提案できないですけど、家事ラクを追い求めすぎて「家電ハウス」みたいになるのではなく、少しアート要素を結び付けられた住宅を提案していきたい。ここの部分をやっていける人が少ないと思うので我々が狙っていってもいいのではないかなと思っています。
こういう感じで、常に他社との差別化を考えています。

テレビではなくスクリーンとプロジェクターで映像を楽しむ(写真提供:星野建築事務所)

お客様に寄り添いながらも「挑戦」していく

家のプレゼンしている我々も楽しいんだっていうのをお客様は知らんだろうといつも思うんですが、面白いですよね(笑)

僕は建築学科出身ではないけれど、建築が好きで、日々自主的に建築について学んでいるのでインテリアに関してもかなりジャンルごとの引き出しはあると思っています。初めてショールームをご案内させていただいた時の、お客様との会話やフィーリングでインテリアのご提案をさせていただくことが多いです。

でも打ち合わせを重ねていく中でどんどんそつなくなっていくというか、似たようなスタイルになっていくというか・・・。もうちょっと攻めれたなあ、挑戦できるならさせてもらいたいなって思うことがあります。「無難」「安定」も良いのですが、本当に好きで建築をやってる人と、仕事で建築をやっている人では一線違うところがあると思います。
ただ、そうして建てられたタイコーの家が全体として何を主張し、提案する家にどんな印象を与えるか、ということはちゃんとコントロールしないといけませんが。

プランやインテリア提案時に過去の自社の施工事例の中からご提案させていただくことが多いのですが、他社の事例だってガンガン参考にしていってもいいじゃないかと思うんですよね。むしろこのままやらせてください!と思うくらい素敵な物件が、この世界にはたくさんあります(笑)

過去の自社事例を見せると同じものができてしまいますからね。
やらせてもらえる方なら攻めさせてもらって、というスタンスがいいと思います。うちの場合は全てのお客様がそうだと思っていて、今より次の人で新しいことをやりたい。無理にカッコつけようとは思っていないですし、大事なところは守っていくべきだと思いますが、新しいことに挑戦していきたいという気持ちは常に持っています。

でも、一生に一度のお客様のお買い物ということもあるから、自分がやりたいという理由だけで推していくのはダメ、とスタッフには話しています。自分の中でエビデンス(根拠)があるって思えるものだけを提案したいんです。そのルールがあると、提案者自身は絶対にやらせてもらいたいという気持ちがあるから、すごくプレゼンを頑張るんですよね。調べたりエビデンスを取ろうとするんですよ。ノリで言ったりするのは禁止。お客様のお金だよ?って設計同士で話し合いますね。ある程度は標準化していきたいですが、細かいところで全然違うデザインに仕上げていく、というのはテクニックが必要だと思います。

建築家と設計士の違い

なるほど、挑戦するには独りよがりではなく、根拠が必要ということですね。そういう軸があるからこそ、星野さんの建築を見たときにいろんな素材が組み合わさっているインテリアでも洗練された空間となっていて、無駄を感じないのかもしれません。

僕の個人的な意見ですが、重量木骨登録会社の中でデザインの話をさせたら星野さんの右に出る人間なんて存在しないんじゃないか?と思うくらい星野さんのセンスにはいつも脱帽しております。お話を伺う時にはいつも「この方は何を言っているんだろう・・・」と少し脳の処理が追い付かないくらい、新鮮で面白い話を聞かせてもらっています(笑)きっと建築思想や設計の考え方が僕らとは違っているんだろうなと思うのですが、その辺はどのように捉えてらっしゃるのでしょうか。

色々な素材をバランスよく配置されている(写真提供:星野建築事務所)

まず僕はいわゆる建築家ではないです。建築家ってある程度自分の意見を通すものなのですが、僕はお客様の意見をベースに設計をしているつもりです。
スタッフには「住宅屋さんにはなるなよ」と言っています。住宅だけのカテゴリーで考えると発想やつくり方が偏ってしまいます。建築という大きい枠で、商業施設、非住宅などのカテゴリーの一つとして住宅があると思っています。なので僕自身、住宅屋さんという意識はないですね。

現在住宅7割、非住宅3割という比率でお仕事させていただいておりますが、比べてみると住宅って凄い難しいですよね。非住宅はその施設を使う人のための設計ですが、オーナーさんはビジネスモデルなど、儲かるためにどういう施設がいいかを考えています。それに対して住宅は自分たちが住む為だけの建築物なので、我々が持つ責任感が大きいですし、お客様の快適な暮らしのために細かい所まで熟慮しないといけないので、圧倒的に住宅の方が難しいと思いますね。非住宅は大枠のところだけきっちり抑えておいて、あとはお客さんさえ喜んでくれれば、細かい所はいいやと思う部分があります(笑)

英語で検索して新しいアイデアのネタを得る

確かに家づくりに関わる者への責任感は大きいですよね。それを大きな負担に思うのではなく、お客様と一緒に楽しんで乗りこえていけたらいいなと僕は思っています。タイコーは住宅の設計しかしていませんが、海外の住宅や商業店舗の事例や部材も参考にし、日々インテリアの知識をアップデートしています。

気になる家具や照明、外構、植栽に至るまでこっそりとオススメを伺いたいところなのですが・・・(笑)まだ誰も挑戦していないものを見つける時に参考にしている媒体などがあれば教えていただきたいです。

特定の媒体はないんですけど、僕はネットで調べ物をするときには必ず英語で検索しています。これは凄く大事なことなんですよ。日本語で調べている限り、狭いコミュニティで同じ情報しか見られない。カタカナで入れるんじゃなくて、必ず英語で調べてください。若しくはスペイン語。それをするだけでめちゃくちゃ知らないものが増えるんです。海外サイトに飛び「これ見たことない!超かっこいい!」って感動する物が見つかるんですよ。

そこから国内での入手手段を模索し、ダメな場合は海外へ直接連絡しますね。英語は全然話せなくなりましたがヒアリングはできますし、メールくらいなら問題はありません。ここまでくると、英語をもう一度学びたいという気持ちが沸いてきますが(笑)

住宅の省エネ化を勧めつつデザイン力も伸ばしていく

英語で検索するなんて、英語を話したり書く機会がない人間からすると思いつかないことです・・・ぜひ参考にさせていただきます。

しかし最近はなんでもかんでも「省エネ住宅」「ZEH住宅」「高断熱高気密住宅」ばかりの話で、僕らも飽き飽きしているところが正直あります(笑)
もちろん環境に配慮した家づくりは我々も推奨していますが、お客さまには自分のため、家族のために行う楽しい家づくりを一番に考えてもらいたいなと思っています。その上で我々工務店側が、省エネな住宅になるようなアイデアをプロとしてご提案させていただければなと。お施主様ファーストでありながら、こっそり環境に配慮した家づくりがベストだなと個人的には思いますね。

僕らは既に構造や性能についてはしっかりと考えているし、住宅の省エネ化は今後ますます進めていかないといけないと思っていますよね。
そこのモチベーションを保ちつつ、これからは発想力・デザイン力を強く伸ばしていくつもりです。

もちろん単に提案するだけじゃなくて、デザインにエビデンスを持たせることを絶対に優先しなければならないと思いますね。
僕のためだけの挑戦ではなく、お客様の豊かな暮らしに繋がる新しいアイデアを今後も生み出していきたいです。