Passive Design

前真之まえまさゆき

東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 准教授

1975年生まれ。広島県出身。2003年に東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員として建築研究所に勤務。2004年4月より独立行政法人建築研究所研究員、同年10月より東京大学大学院東京電力寄付講座客員助教授。2008年4月より東京大学大学院工学系研究科建築学専攻で准教授として勤めている。博士(工学)。専門分野は建築環境工学、研究テーマは住宅のエネルギー消費全般。著書に『エコハウスのウソ』(日経BP社)。

取材:2019年10月1日

※記載の情報は取材時のものです。

聞き手:
タイコー 羽柴仁九郎
語り手:
前真之先生

「全棟で日当たりを保証します!」なんて分譲地で言えたら面白いですよね。

近年全国各地のハウスメーカー、工務店も「高断熱高気密」に力を入れ始めています。そういった動きが進んでいる中で、前先生はこれからの家づくりでは「冬」と「夏」どちらを旨とすべしだと考えますか?

10年ぐらい前だと、冷房がもったいないからつけないと言った人が多く、家の中での熱中症が問題視されていたこともあって住宅は「夏を旨として建築すべき」という動きが強かったです。その頃は気温も今ほど高くなかったので、家の中に日射が入ってこないように工夫して防いであげさえすれば、涼しく過ごせたんじゃないかと思います。

例えば京都で重要文化財にも認められている「聴竹居」は、屋根が何重にも重なっていて屋根裏は空気が大きく抜けるような空間があり、土間が涼しく、坪庭等の涼しさを感じる場所があり、その上で大きな軒を出して日射しを防ぐという手法をとっています。夏はかなり涼しく過ごせるのではないでしょうか?

ただ、それでも冬は寒い。風が大きく抜ける屋根裏、底冷えする土間、冬の日射まで防いでしまう深い軒。夏を旨とする手法が逆に冬の寒さを生んでしまう。

そしてその冬の寒さのせいで問題になったのが「ヒートショック」です。冬場の家の中の温度差が死因にもなってしまうんだという事が注目され始めてからは「冬を旨とすべし」に変わっていきましたね。その中で断熱性気密性などが注目され始め、冬に暖かい家が誕生しはじめました。今では「高断熱高気密」が当たり前になってきて、冬は暖かいのが普通になってきています。

逆に今度は夏の日射遮蔽をあまり考えていないんです。特に今の省エネ基準だとUA値とηAC値の基準しかない。普通に考えると断熱性能を上げていくと、保温力が高まり、夏場も家の中に入ってきた熱がなかなか外に出て行ってくれず、熱ごもりが発生してしまいます。さらに最近は軒や庇をつけない家が多くなっており、そうすると夏の日差しをまったく防ぐことができません。昔と逆で冬は暖かいけど夏は暑く、さらに壁で囲まれた閉鎖的な家になってしまったのです。

それらの動きを踏まえて今は、冬の断熱性能を考えながらも、夏の事もしっかり考えようという動きが見られます。そして家を建てるそのエリアの事や敷地条件もしっかり考えたうえで設計しようという動き。そんな動きが見られる中で、タイコーさんの「ビレッタ」は面白いですよね。分譲地の中で一区画で出来ることを超えて町全体で考えていくというのはすごくいい考えだと思います。「全棟で日当たりを保証します!」なんて分譲地で言えたら面白いですよね。

そうですね。このビレッタでは、都市部でも土地をシェアするという考え方で実現しましたが、もう少し田舎で土地が安いところでの分譲形態としてはすごく良いのではないかと思っています。日照シミュレーションをした上で直射日光がどこまで入るのかが分かった上で区画を割っていく。そうすると絶対に日当たりが保証されますよね。

一般的には分譲地となるととにかく細かく区画を割って安く売るということばかりですからね。もっと日照やその土地の事を考えないと。

仰る通りです。僕が先生の著書「エコハウスのウソ」で一番何度も読んでいてすごく考えさせられるのは東西の日射量についてのページです。一般の方々も含めてプロでも南の日射についてばかり考えがちですが、西・東もこんなに日射量があるのか!と、この本を読んで初めて知りました。

特に9月10月はまだ気温的にも暑い上に太陽の日射角度がどんどんと落ちてきてさらに西・東からもかなりの日射が入ってくる…。これを止めないことには涼しい室内環境は作れないですよね。なのでショールームでは南だけでなく、西・東の窓にも日射遮蔽部材を取り付けています。

太陽高度が最も高い夏至(6月21日)から高度はどんどん低くなり、9月10月ごろになるともう軒庇では遮ることが出来ません。直射光を防ぐために遮熱型ガラスの窓を使うというのはひとつの手段ですが、それだけは涼しい空間は生まれません。高性能を売りにしておられる大手ハウスメーカーさんでは四重ガラスの窓を使っておられる例もありますが、そんな高性能な窓を使っても「暑い」という苦情が出てしまうから、結局室内側にはハニカムスクリーンをつけておられるんです。

全てに高性能な窓を使って室内側にハニカムスクリーンをつけるなら、外部でしっかりと日射を遮ってあげた方が…と感じてしまいますね(笑)。昔は夏至の事ばかり考えていましたが、残暑が厳しいのが現状。プランニングの段階から南面だけでなく東西の窓についても気を付けて設計するように心がけないといけないですよね。外部日射遮蔽の提案は、夏が長くなった現代では必須ですね。

その通りです。さらに言うと日射について考えるときに真南向きの建物ならいいですが30度でも角度が東西に振っていると設計も難しくなります。エコハウスの基本は南正対ですから敷地の角度が振っていても建物は南向きに設計できればより良いですね。

今までの話を総合的に考えると、単にUA値やC値などの数値がいいからと言って快適な訳でなないですし、夏冬の日射の事を最後までしっかりと考え抜いて提案しないといけないですよね。断熱気密だけでなく、トータルで設計するからこそ価値が出る。数字がいい事を目的にしてはいけないですね。

昔、前先生に頂いた言葉で「大阪の気候の中で必要にして十分な家づくり」というのがありますが、最近の実務の中で「なるほどなぁ」と考えさせられるところがあります。ダブル断熱等を採用してUA値やQ値を上げることはお金をかければいくらでも出来ますが、大阪でそこまでの断熱性能が必要なのか?冬の光熱費で元が取れるのか?と言われるとどうなのかなと。数値とイニシャルコスト、実際の生活とランニングコストのバランスをもっと考えていかないといけないなあと思います。

そうですね。HEAT20では最近G2仕様を超えてさらに高性能なG3仕様が出てきましたが、G3仕様にしろと言っている訳ではなく、あれはもうこれ以上の断熱は必要無いという基準なんです。

そうなんですね。ちょっと安心しました(笑)。G3仕様だと大阪を含む6地域でもUA値が0.26W/㎡・Kで、ダブル断熱で頑張ったRoomでも0.28 W/㎡・Kなのでまだ足りないのか…どうしよう…と思っていたのです(笑)。

G2仕様で6地域はUA値0.46W/㎡・KなのにG3になると0.26W/㎡・Kになって、数値に幅がありすぎるなあというのは僕も感じています。そして正直大阪の地域でG2仕様より上を目指す必要は無いのかなとも思います。

そうですよね。僕はまず性能値をこれ以上あげる事よりも日射遮蔽の強化と、周囲の建物を考慮した上で日照時間をしっかりと確保するという事に重点を置きたいと思っています。冬場、南面の窓に対して、最低4~5時間は確実に直射光が当たる事が重要だと考えていて、逆に周辺の建物で遮られて直射光が当たらないような場所には窓は取らない、もしくは最小限の窓にするというのを社内ルールで決めています。

初回のプランニングの段階から3Dソフトで敷地周辺の建物を入れて冬、日中にどのように日照が得られるのか確認した上で、どのように建物を配置するか?どこにLDKを持ってくるべきか?どこに窓を取れば最大限に太陽の光と熱を得られるのか?検討しています。

3Dソフト等でお客様にも分かりやすいように説明するという事はとても重要で、そうすることで丁寧に考えられて設計しているという事も伝わりやすいですよね。打合せ途中で話が煮詰まってしまった時にも、快適な住まいのための間取りの根拠があれば立ち返ってしっかり納得してもらえる材料になるかと思います。

最近では最大限に日射取得の出来る間取りと、あくまでもお客様のご要望を最大限に詰めてビジュアルを重視して収めた間取りとで、どちらも室温シミュレーションや日照シミュレーションを作って比べて見て頂く事もありますね。もちろん前者の方が快適な室温が実現できるのですが、そうやって2つのプランとシミュレーションを見て頂く事で、お客様も「本当に暮らしやすさを考えてくれているんだな」と納得してくださいます。
その上で最近は全棟にHEMSと温湿度計をつけているので、実際の温度変化やお施主様の体感温度、暮らし方をお伺いして、より快適に過ごしていただくためのアドバイスをしていきたいなと思っています。

暮らし方やエアコンのつけ方、窓の開け方なんかのアドバイスをお客様ごとに個別に出来るっていうのは地域密着の工務店さんだからこそできる事だと思いますね。

やはり住宅は10年20年後の未来の事を見据えていかないといけないといけないと思いますし、その先に住宅のロングライフという概念があると思うので、家が完成してからの暮らし方は大事だなとつくづく思います。これからも分かりやすさを大切に、より快適なエコハウスをご提案していきたいと思います。