Passive Design

中口 勝之なかぐち かつゆき

株式会社浅井良工務店代表取締役社長

1976 年和歌山市生まれ。二級建築士。祖父の代から家づくりに携わる家系で、自然と建築 に関心を持つように。学生時代は R2000 水準の家づくりに取り組んでいたカナダに留学。 バンクーバーで建築学を 2 年学び、その後は現地の施工会社で現場も経験。帰国後は自身の創造性を求め、設計事務所で設計士としての経験を重ねる。自社設計自社施工の新規事業 立ち上げと共に入社し、2019年に社長就任。和歌山の温暖な風土が最大限に活かされたパ ッシブデザインと SE 構法を標準仕様とする高性能な家づくりを、設計と施工 2 つの視点か ら追求する。「建ててからがスタート」と語る通り、快適に永く住まい続ける家づくりに向き合い続けている。

取材:2023年4月27日

※記載の情報は取材時のものです。

聞き手:
タイコー 羽柴 仁九郎
語り手:
中口 勝之社長

想いを込めてつくりあげる「永く快適に住まえる家」

本日は和歌山の浅井良工務店、中口社長にお越しいただきました。
中口社長は関西の重量木骨の家加盟店が集まるLISMOや、くくのちプロジェクトで良くお話させていただく機会がありますが、こだわりを持って家づくりをされてらっしゃる家づくりの仲間です。タイコーとは社員同士の交流を兼ねた勉強会を定期的に行っていただいております。
今回は中口社長の家づくりへの想いを深堀り、そしてこれからの家というものがどう変化していくのかについてお伺いできればなと思っております。
ではまずですね、浅井良工務店の家づくりのこだわりについて教えていただけますか。

永く快適に暮らしていただける家づくり

キャッチコピーとして掲げているのは「永く快適に暮らしていただける家づくり」。
住まい手の皆様がその住まいで安心して快適に、健康に、省エネを享受しながら暮らすということです。

私たちはその暮らしを形にすることに誇りを持っています。というのも、浅井良工務店は自社大工、自社設計士を配する工務店で、大工経験20年以上の熟練の現場監督と設計士2つの視点を活かして緊密に連携し、1棟ずつ家づくりを行っています。社員たちが立ち位置にこだわらないで意見を出し合い、住まい手の立場になって感じる「快適さ」を深く掘り下げていく。図面通りに建てることがすべてではなく、住まい手の細かな要望にどこまで応えていけるのか。今が最高の状態だとは思わず、日々ブラッシュアップをして、向上心を絶やしません。

建築後の定期点検・メンテナンスもしっかり対応させていただくのですが、不具合があった場合の具体的な原因について共有・議論は欠かさないようにし、すぐ新築事業に反映させるようにしていますね。住んでから新たに生まれた要望は、永く快適に住まうことへのヒントになります。

チームを超えて情報共有を欠かさない

リフォームもきちんとされている印象があります。

そうですね。
新築とリフォームはメンバーが違っていて、各チーム違う視点で家を見ます。リフォームチームは細やかな部分にも注意できる人ばかりなので新築チームだけでは気づけないポイントを教えてくれます。新築、リフォームと完全にチームをわけるのではなく、全体で情報共有・フィードバックをするように心がけています。

自社で大工さんを抱えてらっしゃいますよね。
現場監督の方も大工さんだったとか。

大工は4名いますね。現場監督3名も元々は大工でした。
DANRANという家づくりを始めて15年。最初は四苦八苦しました。仕様や設計手法を変えたので。大工と設計と一緒につくってきたものです。自社ではまかなえないので協力会社に工事依頼をすることになったのですが、大工を監督する大工が欲しかったんです。現場を協力会社大工に任せきりにしない、オーナー様に安心してもらえる施工体制を整えました。

一体感を創出する吹き抜け

浅井良工務店さんでは「DANRAN project」という吹き抜けのある注文住宅の提案をされていらっしゃいますが、このあたりについて詳しくお伺いしたいです。

「DANRAN project」とは永く快適に暮らせる弊社の家づくりについて、もっと多くの方に知ってもらいたいという想いから生まれました。先ほどもお話させていただいたように、「永く快適に住まえる家」とは家族みんなが安心して心地よく健康的に、省エネを実感しながら暮らせる家のことです。その基本要素と一緒に、家全体の一体感と室温の一体感を実感していただけるのが、この「DANRAN project」の家です。昔ながらの採暖のための家族団らんという一体感の意味とはまた異なった、家族個々が自分の空間を持ちながらも、一体感が感じられる新しい団欒をご提案しています。

家全体の一体感を創出するという意味で、吹き抜けは非常に大きな要素となります。

吹き抜けを最大限に活用するにはやはりパッシブデザインがミソになってくるかなと思います。
吹き抜けとパッシブデザイン、パッシブデザインとSE構法の相性についてはどう思われますか。

SE構法とパッシブデザインの相性

吹き抜けとパッシブデザインの組み合わせがマスト、というわけでもないですよね。高天井や大開口をとるという選択肢もあります。私たちの思う団欒に寄与する要素の一つとして吹き抜けの他にパッシブデザインがあります。省エネで快適な暮らしに、自然の風や光を利用してアプローチするデザイン手法ですが、これは吹き抜けと非常に相性が良いですよね。

例えば、吹き抜けの高窓から採光することを計算していれば隣に家が建っても採熱採光状況が変わるということはありません。ですが吹き抜けを設けることで躯体が弱体化するなんてことはいけませんよね。住まいの強度を担保するために、SE構法は浅井良工務店の家づくりで重要な役割を果たします。

吹き抜けって特に木造構造的にはウィークポイントなんですよね(笑)
頑丈な躯体が必要になります。そのあたりの問題は構造計算で補填できますが、構造優先の建物に住まい手が合わせるというやり方には反対ですね。SE構法でなら計算に基づいて安全に自由な間取りが実現できますし、間取りの可変性にも柔軟に対応できます。

失って気づく吹き抜けのメリット

のちに必要であれば吹き抜け部分に床をかけることもできますしね。

そうなんですよね。
実際に弊社ではご家族が増えて吹き抜け部分を洋室空間にリフォームしたお客様がいます。リフォーム後、オーナー様に住んでみてのご感想をお伺いしたところ「早く元に戻したい」と仰っていました(笑)こんなに吹き抜けって良かったんだ!吹き抜けのもとで暮らす生活が恋しい!と悔しがってらっしゃる姿を見て、やはり吹き抜けの開放感やそこから落ちてくる陽の光・熱の心地よさは特別なものなのだなと改めて思いましたね。

大体こういうのって、失ってから気づくんですよね(笑)
いまだに「吹き抜けをつくったら寒い」と仰るご年配の方もいらっしゃいます。

昔の住宅に設けられた吹き抜けはデザイン要素でしかなかったですからね。
構造も温熱環境も考えられていないので、そういうイメージがあっても仕方ないです。

日照条件の良い和歌山でのパッシブ設計

我々はパッシブデザインとそれなりに付き合ってきましたから、冬は日射取得ができると室温も上がるということは当然わかっています。
しかしこれから問題なのは夏ですよね。断熱性能が高いと少しの西日でも室温を上昇させてしまいます。
浅井良工務店さんは大阪よりも日照条件が良い和歌山でパッシブデザインをしてらっしゃいますが、和歌山ならではの日射を考慮した設計のコツなどはありますか?

夏の対策としては西の窓を設けないというのは絶対に効果的です。それで南の窓はなにもしなくてもよいのか?というところですが、和歌山は5月でもしっかり暑いので太陽高度が下がってきたときの日射遮蔽をどうするのかが課題です。しかし結局はオーナー様任せでもあります。正直最初から外部遮蔽の設置を希望される方は多くないので、僕たちがいかに外部遮蔽によって夏を快適に暮らすことができるのかをプロとして説明させていただきます。室温シミュレーションを見ていただきながらどこまで日射遮蔽に力を入れるか、費用の相談もしつつ丁度良いところをすり合わせていきます。

そして冬の話なのですが、和歌山は冬季3か月平均日照時間が500時間程あり、全国的に見てもパッシブデザインで建築するには極めて恵まれた地域です。周辺の条件が良ければηAH値を「3」近くまで上げることも可能です。ただそこまで上げてしまうと、室内が暑すぎてオーバーヒートすることになり、冬でも日射遮蔽しなければならないという矛盾が生じます。周辺環境を熟考して、実際の数値を調整することが大切なんです。

今後は瞬間的な暖かさよりも、家全体の温度の均一化と熱ロスの下がり幅が今の仕様よりも更に小さくなるように考えていきたいですね。室内環境を今以上に快適にすることと、省エネ効果を上げていくことに意識をシフトしていく方が良いのではないかなと思います。

互いを高めあう仲間との交流

僕たちは性能を追い求めることよりも地に足つけて、地元の特性を活かした設計をしていきたいですよね。
これは地域の工務店だからこそできることで、それぞれの会社が空想ではなくリアリティをもった家づくりに挑んでいます。僕も中口社長も重量木骨の家に加盟している関西の工務店「LISMO」という団体や、国産材を活用したSE構法の家を建てる「くくのちproject」にも積極的に参加しています。エリアは違えどオーナー様にとって快適な暮らしを実現できるようなお家を建てていく仲間とはこれからも情報共有を欠かさず、高めあう仲でいていただければなと思っております。浅井良工務店さんとはタイコースタッフを含めて交流を兼ねた勉強会を定期的に行っています。

普段社員たちは自社のこだわりのことばかり意識していますが、タイコーさんがどんなこだわりを持った取り組みをされていて、どんな成果を上げてらっしゃるのかを知ることが出来る貴重な機会となっています。良い刺激になっているみたいなので引き続きよろしくお願いします。

ちなみに中口社長から見て、タイコーってどんな会社に見えますか?(笑)

タイコーさんとは昔からお付き合いさせていただいてますが、個性がはっきりしているなと思います。うちの色分けとは違うなと、ウェブサイトからでも伝わってきます。いろんな取り組みをされていますが、みなさん楽しそうに働いてらっしゃいますよね。

僕自身、楽しくないことはしたくありませんからね・・・
僕からスタッフには大変な無茶ぶりをしていますから楽しい気持ちだけではないと思いますが、そう見えているならよかったです(笑)

和歌山では土地に強い工務店というのがなかなか無くて、タイコーさんと言えば分譲地も扱ってらっしゃるのでそこも興味深いですね。

タイコーはもともと土地のデベロッパーだったところから始まっていますが、浅井良工務店さんはガチガチのTHE・工務店って感じですよね。そして中口社長はもともと設計事務所で設計をされていた設計士さん。僕は銀行で働いていた営業マンですから、改めて整理してみると会社や社長の属性が全く違いますね(笑)

結局行きつく先、目指す先は一緒。高性能な住宅でその地域に合った快適な暮らしをお客様にご提案するために日々挑戦し続けていますが、ゴールは一緒でも各社個性があります。似ているようでちょっと違う、この絶妙な差が僕は面白いな、素敵だなと思います。工務店それぞれの家づくりの考え方は似てきて良いと思うんです。そこを共通化することによって互いを高めあうことができますから。みんなで同じゴールを見据えつつ、各社特有の色を出していくのが経営者として楽しむべきところではないかなと思います。

設計事務所時代とは視点がガラリと変わった工務店での家づくり

中口さんはもともと設計士、今は経営者でいらっしゃいますが家づくりの捉え方・考え方っていうのは変化しましたか?

かなり変わりましたね。設計事務所で設計だけをしていた頃はオーナー様のお家をある種自分の作品のように思っているところがあって、「どのように設計し、完成させるか」を重点的に考えていました。1棟1棟家を完成させることがゴール。つまり設計士だった頃はいつもゴールがかなり近いところにあったんです。浅井良工務店では設計・施工・メンテナンスまでやるということで、オーナー様とは長いお付き合いになります。完成した瞬間がゴールだと思っていたところ、一気に10年、20年、その先の未来へ目線がいくようになりましたね。

どんどん住まい手に寄り添うようになっていったんですね。

そうですね。完成から1年経ってどう評価されるかよりも、10年後、20年後の評価を大切にしていきたいです。

2030年、日本の家づくりはどう変化していくのか

最後に、2025年省エネ基準が義務化されると言われていますが、それも超えて2030年の日本の家づくりはどのように変わっていくと思いますか?

温熱的には、ほぼ均一化されるものだとは思っています。
ただもっと広い範囲で原点回帰してほしいなという願いはあります。昔はもっと家づくりって「想い」をもってやってたと思うのですが、今は「とりあえず家がほしい」というお客様が増えてきているような気がします。そういう気持ちで家を建てた方からリフォームの相談を受けることがありますが、みなさん「こんなはずじゃなかった」と仰っています。こういう後悔って、もう少し前の段階で食い止めることができる会社が増えれば解決することだと思うんです。

お客様がもっと家づくりにこだわりを持つ、家づくりをする本当の理由に気づく、そういったことがご自身で出来れば良いですが、現状はそこにたどり着くための情報があまりにもわかりにくすぎる。これはつくり手側の問題であり、こういった部分にも丁寧に気を遣っていくべきところではないかなと思っています。

色んな技術が発展したからこそ情報発信の仕方が難しい時代になりましたね。色んな場所で色んな団体が色んなことを勝手に発信していますから、マスコミや我々つくり手にも責任があります。

これからは「永く快適に暮らす家づくり」を経験したオーナー様方からの住まいについて発信する場がもっとオープンになれば、全国各地でこだわりの家づくりは広まるのではないかなと。住まい手の皆様と一緒にこだわりを持ってこれからも家づくりに励んでいきたいと思います。